Guitar & Vocal  MAH(マー)

Bass & Chorus  GORO(ゴロー)

Drums  TSUGIO(ツギオ)

Photo Gan Morishita

 

 

2004年に結成。メロディック・ハードコアで哀愁漂うメロディーや、60年代ガール・グループを思わせるポップソングを基調とし、幅広いルーツをバックグラウンドに生み出す作品とパフォーマンスで、海外、日本を問わず音楽マニア達からの評価も高い。Guitar & VocalのMAHは、10代から女優、モデルとしての実績があり。2012年に文藝春秋から著書を出版している。

MAH

マー

東京都出身 

ギタリスト、作詞家、作曲家、作家、モデル、女優、漫画家

概要

 

 

ロック・バンドJETT SETTのリードギターリスト、ヴォーカリスト、作詞家、作曲家、編曲家。東京近郊で活動中。10代から女優、モデルとしての実績もあり。一時は母である小川真由美とドラマやバラエティー番組で共演していた事もあったが、後に母との確執を綴った『ポイズン・ママ~母・小川真由美との40年戦争』(文藝春秋 2012年3月)を刊行した。同書は2018年10月19日に電子書籍化されている。父親は俳優の細川俊之だが2歳の時に離婚。

音楽活動

 

 

2歳からクラシックピアノを習っていたが、ジャズピアノに転向したい旨を母親に猛反対されたのをきっかけに、興味が薄れてしまい、そのうちギターに転向する。YMO、JAPAN、HANOI ROCKS等を愛聴し、当時から作曲や録音等もしていた。若い彼と二人きりで居たかった母親から、なるたけ家に居ないよう命令されていたので、ライブハウスへ入り浸るようになる。

 

10代から博多ロックの先輩達に恵まれ、スタジオやレコーディングを見学したり、一緒に制作活動をしながら成長。1986年、MAHとSHEENA & THE ROKKETSの鮎川誠が顔見知りだった事から、母である小川真由美が曖昧屋(劇団黒テント公演)という舞台で歌う2曲を制作して貰う事もあった。

 

1986〜1988年 新宿ロフトやShibuya O-EASTで開催された「ロックの日」で、THE ROKKETSをバックに出演。

 

2004年、自身のバンドは何度か名前やメンバーチェンジを経た後、現在のバンド名JETT SETTとなる。

 

2006年、ミニアルバム「Go Ahead」発売(JETT CATT RECORDS)。

 

2014年『BOLLOCKS』(ロック雑誌)にJETT SETTがグラビア掲載される。(No.015 2014年09月 67頁)

 

2020年10月15日、渋谷Egg Manで行われたCOLOR RED RECORD ワールドデビューオーディションファイナルに出場。

 

その他、ラジオTHE MIKE ROGERS SHOW、MIKE ROGERS SHOW CHANNELインタビュー出演

 

その他多数。

母との確執

 

 

大女優である母、小川真由美は、狂信していた占いにより、身の回りから一切の緑色と紫色を排除したり、数十羽のチャボを飼ったり、MAHの本名や、学校や、何もかもを「このままだと悪い事が起こる」と次々変えた。幼い頃は母の言う事に従っていたが、付き人が盗んだ300万円の犯人の濡れ衣を着せられたり、食事を与えられず、頻繁に5~7日間の飢餓状態に追い込まれたり、母との関係に苦しみ自殺も考えるようになる。父親や周囲も助けてはくれず、唯一の楽しみはロックのレコードを隠れて聞く事だった。その中にあったピンク・フロイド「マザー」という曲の歌詞を読み、「世界には同じ思いをしている人達が居るかもしれないから、もう少し生きてみよう」と思った。

 

 

2012年、上記の母と娘の確執に迫った『ポイズン・ママ〜母・小川真由美との40年戦争〜』を文藝春秋より上梓。毒親・毒母が社会現象となる。その一方で、好奇の目や偏見から「親を悪く言うなんて!」と叩かれたり、小川真由美を盲信するファンからの反撃にあったりしたが、同書はテレビや雑誌で取り上げられ、毒親・毒母の認知は確実に上がっていった。同年、『問題家族とのつきあい方(春秋BOOKS文藝)』しまおまほと対談。(春秋BOOKS文藝「本の話」2012年4月13日486~490頁)これ以降、毒親・毒母に関連するイベントに盛んに出演した。また、精神科医の岡田尊司の著書『母という病』に参考文献として『ポイズン・ママ』の一部が掲載される。 (ポプラ社 2012年11月4日 198~199頁)

 

 

2012年 - 2015年、阿佐ヶ谷ロフトA、大阪ロフトで行われた毒母ミーティング(トークイベント)では、臨床心理士の信田さよ子、漫画家の田房永子とともに10回にわたるミーティングを実施した。

 

2013年、『婦人公論』から母である小川真由美との対談を求められるが、これを断り、両者別々のインタビューとなった。(中央公論社2113年10月17日38~41頁)

 

2014年9月 『季刊Be! 116号』にインタビュー掲載(特定非営利活動法人ASK事業部2014年9月 58~63頁)

 

2018年『雑誌STORY2月号』私と毒親の"一方的講和条約"特集にインタビュー掲載。(光文社 2月号 2018年2月 211~213頁)。

 

2018年『ポイズン・ママ』が電子書籍化される。

 

2021年『毒親から離れて、幸せになる方法』(宝島社ムック本)でインタビューに応じる(宝島社 2021年11月21日 26~31頁)

 

2022年、ポイズン・ママ・コミック版をYoutube配信開始。

 

その他多数。

芸能活動

 

 

 1985年「二人のベンチ」(舞台)新宿紀伊國屋

女優として初めての活動である。当初は母の付き人をさせられていたが、演出家の目にとまり、眼鏡の文学少女役として出演し、相手役の清水綋治を「ふざけんじゃねぇ!酔っ払いのくせに」と一喝する役どころを務めた。

 

1989年からフォードモデルジャパン(クリームインターナショナル)に所属。

1990年オフィス・メイへ移籍。1992年以降はフリーとして活動。

 

1989年 無印良品のカタログモデル

 

1989年 ヒロミチナカノコレクションモデル

 

1990年 ヤクルト珈琲タイム(CM)とんねるず木梨憲武の恋人役。

 

1990年 きゅーりのキューちゃん(CM)宍戸開の恋人役。3代目Qちゃんガール。

 

1994年 「プロゴルファー織部金次郎2」(映画)ヒロイン財前直見の同僚役。

 

1996年 「大江戸弁護人走る!(テレビ朝日)」町娘役。

 

1996 - 1997年「月曜ドラマスペシャル / 湯けむり仲居純情日記シリーズ」(TBS )Vol.5 旅館のお嬢役Vol.6 自殺願望アリの誘拐犯役(準主役)

 

1997年 「月間カメラマン10月別冊」で巻頭ページモデル(モーターマガジン社1997年10月30日 13~17頁)

 

2019.5 ファッションビル池袋WACCA ポスターのモデルに起用される。

Crawdaddy Studioデザイナーの黒川聡アートディレクションのもと、1人9役で9人のロックスターに変身。

 

その他多数。

その他

 

 2000年 幻冬舎Webマガジン ロックと猫が好きな人の為の漫画「昭和軒」連載

 

2021年11月 JIFF映画祭(ジャパン・インディーズ・フィルム・フェスティバル) 審査員

 

その他多数。